20190113

2019新年関西へ④

天王寺北口「花野」清潔感のある店内。正に角打、昭和の立ち飲みと呼ぶのに相応しい酒場だ。
常温の酒と燻製たまごを注文しキョロキョロしていると常連客の一人から「初めて?」と聞かれ、そうだと返答するとその常連客がアレやアレと指す方向にはこの店が紹介された新聞の記事が貼ってあった。
そのユニーク文章は関西人臭さが溢れていてオモロイ。
しかしながらその記事には何年やっているとは書いてなかった為常連客に聞いてみると店主らしき人物を指して↓
「そらもうこの人で三代目やからなあ...」
「じゃあ、もう200年ぐらいやってるんですねえ...」
と自分が少々ボケて返すと、
「そんなながいわけあるかい!」
間髪入れずに店中の客から突っ込まれ、大阪に来たことを改めて実感するのだった。(突っ込みのその鋭さスピードはセリーナウィリアムズのリターンエースの如し!)
ほろ酔いで大阪在住の知人に電話し呼び出したりして暫くダラダラおしゃべりしながら飲っていると...

兄さんどこから来たん?どこの出身や?
東京、山口県、と言うと右隣のおじさんが反応した。
「山口のどこや?」
「宇部です」
そのおじさんはボクの顔を覗き込みまさかの言葉を発したのだった、

「わしも宇部や ! 桃中や!」
「桃中!?」
「桃中や!わかるやろ!」
「先輩!俺も桃中出身です!」

なんと驚くことに天王寺の角打で隣り合わせになったこのタアちゃんというおじさんは僕の中学校の先輩だったのである。
ここから盛り上がりに盛り上がったのは言うまでもない。お互いに忘れかけている宇部市立桃山中学校の校歌を何度も合唱した。
こんなことがあるんやな... とお互いに喜び合う天王寺の夕刻であった。
「ここ、また来てや!」「ここで逢おう!」
何度もそう言われて天王寺を後にした。



昼間やってなかった寺田町のオルクェスタ・デ・ラ・ビッチは夜はやっていた。花野から知人と移動しワインと何かをつまんで飲んだのだが、この辺からなんだか「ふわっ」となってしまっていつのまにかなんば発の夜行バスに乗っていた。大阪在住の知人が責任をもってバス乗り場まで送ってくれたのには誠に感謝である。
そこから爆睡したのはこれまた言うまでもない。

あれは全て夢だったのではないのか...
早朝、池袋サンシャイン前に停車したバスを下車しデジカメを確認すると写っていた。
タアちゃん、あの先輩と遇ったあの酒は夢ではなかった。
アディオス天王寺...。





20190111

2019新年関西へ③

宿からの最寄駅は京福電鉄の帷子ノ辻(かたびらのつじ)だったのだが帰ってきてからネットで調べたところ平安時代初期の嵯峨天皇の皇后であった壇林皇后が亡くなった際の形見の帷子に纏わる話が駅名となっているのだと知った。
https://j-town.net/kyoto/news/localtv/197605.html?p=all
嵐山散歩の際にその壇林皇后が創建した日本最初の禅院「檀林寺」の前を偶然通ったのを思い出した。早朝過ぎて開門していなかったがそういえば門前の看板にそのようなことが書いてあった。そうそう、その辺りでこんがりトースト色の可愛いイタチにも遭遇したのだった。

帷子ノ辻⇒西院⇒桂⇒梅田

京福電鉄から阪急電車を経由し梅田へ出て、環状線に乗り換え寺田町で降りた。
寺田町を彷徨い住所をメモして来なかったが辿り着きたいその店を探すが60分程歩いても見つからない。真冬に汗をかきながら彷徨い色々道案内を聞くがその店は誰も知らないというので観念してその店に出演しているデルタブルースRに電話してみたら案の定「昼間は営業していない」と言われ愕然とし某串カツ屋で小休止することにした。まだ昼の11時半ぐらいで夜行バスは21時半出発である。
よし!と立ち上がり天王寺まで一駅歩くことにした。(この日は朝からよく歩いたもんだ)

悪名高い?アベノハルカスを横目に自分の嗅覚を信じて天王寺駅北口の雑踏に紛れ込んだ自分はその店を見つけ不敵にほくそ笑むのであった...
何の知識もなく偶然好みの店を見つけたときの喜びはどんな喜びにも代えがたいものである。
てな訳で「花野」という角打に初めて入店した。

<つづく>

画像拝借しました
https://blogs.yahoo.co.jp/beat7beat/38028182.html


画像拝借しました
https://j-town.net/kyoto/news/localtv/197605.html?p=all

20190110

2019新年関西へ②

友人に大津駅まで送ってもらい京都は太秦(うずまさ)へ向かった。
そこを選んだのには意味も理由もない。ただ安宿があったというそれだけである。
だがしかし、
宿のHPによれば「ドミトリー空き」だったにも関わらず満席だといので仕方なく四畳半?の個室3900円をチョイス。まあ安いし古民家を改築した外人請けしそうなまあまあ良い居心地。炬燵もキッチンも使ってるのは自分だけの貸切状態。
近所のスーパーでキャベツとキュウリ買ってきて琵琶湖で買ってきた山椒味噌を堪能。これがまあ旨い。竹輪、梅干、納豆、漬物を食べながら白ワインを飲る。
炬燵の部屋には石油ストーブとパソコン以外テレビも何もないのもよい。
消灯時間の23:30にはすっかり炬燵で寝てしまい管理人から揺すり起こされてしまった。
あいすいません、おやすみなさい。

翌朝5時起床。自分は旅に出ると何故か昼夜逆転の早寝早起きになる。
まだ暗い中いざ嵐山散策へ。大してどこへ行くわけでもない行きたいところもない、ただただ腹を空かせる為に早歩きでトレーニング状態の散歩巡礼。9時半過ぎに太秦に戻ってきて宿で遅めの朝食というか早めの昼食。昨夜の梅干、漬物と納豆の残りをサトウの麦飯にぶっかけインスタント赤だしと共に胃に流し込む。
さあ出発だ、一路大阪へ。

<つづく>



20190108

2019新年関西へ①

1月某日こだま号へ乗って京都へ。
2駅で大津駅着。こんなに近いのか滋賀県はと少々驚くが琵琶湖のデカさにはもっと驚いた。友人のミリタリー号に乗り込み午後3時から日没まで琵琶湖周辺探索、南西方面をさっと巡る。この日は大津から近江舞子駅の海の家の辺りで終了。冬の夕日と琵琶湖、美しい水面に鴨が元気に漂っていた。
この日は友人と友人の次男と自分で晩餐会し川の字雑魚寝。

翌日9時起床。さっさと琵琶湖へ出かけなんと残り70%の琵琶湖を巡った。
北側の奥琵琶湖周辺は真夏でも水が冷たく30分程度しか水浴できないとのこと。しかし、にも関わらず今年は雪が少なく真冬は湖面が凍らずとも聞く。地球のどこも温暖化は避けられないのだなと琵琶湖でもまた思わせられた。
ポツンと浮かぶ竹生島、風と波が自然に造った小さな砂丘、長命寺下の太った2匹の猫、空に優雅に浮かぶトンビ、おびただしい数の鴨、大して旨くもなかった鴨蕎麦....
そしてあらゆる角度の琵琶湖を堪能した。
琵琶湖パークウェイは冬季通行止めの為福井方面へ迂回を余儀なくされたが無事大津まで帰り約200km琵琶湖一周の旅は終わった。大津港に浮かぶ汽船ビアンカ、ミシガンと2度目の夕日を拝んだ。

こんな時にシンプルすぎる自分のガラケーは何も役にたちはしないし間抜けなことに持ってきたデジカメは友人宅のカバンの中に忘れてきた。

アディオス琵琶湖、また逢う日まで。

◆画像を本当に何もお見せできないのが超残念。

So Yonger

もうすぐ20代か?